定津院(読み)じようしんいん

日本歴史地名大系 「定津院」の解説

定津院
じようしんいん

[現在地名]東部町大字禰津西町

曹洞宗臨川山定津院、本尊釈迦如来。創建は「続日域洞上諸祖伝」の「定津院拈笑宗英禅師伝」に、禰津信貞が甲斐国東林寺住持宗英を請じて開山とし、「宝徳改元己巳年、上総輔滋野信貞、聞名景慕、於信州根津城外、新建精藍、以礼迎之、師応命進院、勝興山定津院是也」と、宝徳元年(一四四九)禰津城主禰津信貞である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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