定規寺(読み)じようきじ

日本歴史地名大系 「定規寺」の解説

定規寺
じようきじ

[現在地名]茅部郡砂原町字会所町

ほぼ東西に延びる海岸部の中央にある。真宗大谷派。内浦山と号し、本尊阿弥陀如来。文化四年(一八〇七)智道が松前専念せんねん寺一一世了響に請い道場を建立、一向宗砂原道場と称したのに始まる(寺院沿革誌)。安政五年(一八五八)箱館浄玄じようげん寺が本山掛所となるに及び、当道場も浄玄寺末寺に転属し、内浦山定規寺の寺号公称を許された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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