宜沢上村(読み)ねがそれむら

日本歴史地名大系 「宜沢上村」の解説

宜沢上村
ねがそれむら

[現在地名]宮川村祢宜沢上それ

宮川右岸にあり、南は中沢上なかぞれ村。村名は「葱のれ」であろう。元禄検地帳(宮川村文書)では禰宜沢村とあり、小島こじま郷に属し、高三二石余、田一〇町余・畑五町余。ほかに焼畑五町四反余があり、名請人一一人、屋敷持一三人、うち家抱え二人。「飛騨国中案内」では免二割八分九厘余、家数一四(うち寺一・百姓一二・門屋一)。安永三年(一七七四)の新田検地帳(宮川村文書)では下畑を主に高二〇石余。安政角川地震当時の家数一四(うち全潰五・半潰九)、人数一〇七(即死四)。「斐太後風土記」では村域縦八町・横一町、家数一四・人数一〇〇余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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