宮之城郷(読み)みやのじようごう

日本歴史地名大系 「宮之城郷」の解説

宮之城郷
みやのじようごう

現宮之城町の中央部、川内せんだい川とその支流海老えのか川流域を占める外城。北部夜星やせい川上流域に飛地柊野くきの村がある。薩摩伊佐郡に属し、鹿児島城下からの距離は一一里半(「薩藩政要録」など)屋地やち平川ひらかわ時吉ときよし船木ふなき虎居とらい湯田ゆだ・柊野、求名ぐみよう(現薩摩町)の八ヵ村からなる(「三州御治世要覧」など)。郷名は文禄四年(一五九五)から慶長五年(一六〇〇)までけどう院を領し虎居城(下之城)にいた北郷氏が、城の呼称を「軍令不吉之字」という理由で旧領日向都城にちなんで宮之城と改めたことに由来するという答院記)。だが島津氏が豊臣秀吉に降伏したのちの天正一五年(一五八七)五月二四日の伊集院久信書状(旧記雑録)に「仍関白殿必定大口へ出馬由候、去廿一日宮城へ取懸候へ共、差強候之間、津留田へ引取候て」とある。おそらく天正八年から答院を領した島津歳久の時代に城はすでに宮之城とよばれていたと考えられる。同二〇年四月の薩隅日寺社領注文(同書)には「宮之城けたうゐん」とある。

慶長五年島津忠長は答院を与えられ、一二月中旬子の忠倍とともに宮之城に移った(北郷尚久系図)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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