日本歴史地名大系 「摩郡」の解説
摩郡
さつまぐん

答院町・薩摩町・鶴田町の全域および宮之城町の過半部は近世の
〔古代〕
「和名抄」によれば、
摩郡
つかまぐん
- 長野県:信濃国
- 摩郡
「和名抄」記載の古代信濃国一〇郡の一つ。「和名抄」流布本には「筑摩郡」と記し、「豆加万」と訓じている。
信濃国の中央に位置し、東は
「筑摩」という地名は「日本書紀」天武天皇一四年一〇月条に「壬午、遣軽部朝臣足瀬・高田首新家・荒田尾連麻呂於信濃
、令
造
行宮
、蓋擬
幸
束間温湯
歟」とあり、また、正倉院に収める白布の銘文に「信濃国筑摩郡山家郷戸主物部東人戸口小長谷部尼麻呂調并庸壱端
姓ヲ田河ノ造ト
」とあり、「三代実録」の貞観八年(八六六)二月二日条に「以
信濃国伊奈郡寂光寺、筑摩郡錦織寺、更級郡安養寺、埴科郡屋代寺、佐久郡妙楽寺
並預
之定額
」と記されている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報