川内川(読み)センダイガワ

デジタル大辞泉 「川内川」の意味・読み・例文・類語

せんだい‐がわ〔‐がは〕【川内川】

熊本・宮崎・鹿児島の3県を流れる川。熊本県南部、九州山地白髪しらが岳(標高1417メートル)の南斜面に源を発し、宮崎県えびの市・鹿児島県伊佐市などを流れて、薩摩川内さつませんだい市で東シナ海に注ぐ。長さ137キロ。筑後ちくごに次ぐ九州第2の川。流域は東西に帯状に長く、山地が全体の8割近くを占める。

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日本歴史地名大系 「川内川」の解説

川内川
せんだいがわ

熊本県球磨くま郡の白髪しらが(一四一六・七メートル)の南斜面に源を発し、宮崎県えびの市を経て鹿児島県に入り、川内市久見崎ぐみざきで東シナ海に注ぐ一級河川。流路延長一三七キロ、うち宮崎県内二九・二キロ、流域面積約一六〇〇平方キロで、九州第二の河川とされる。古くは千台川・千代川などと書かれた(三国名勝図会)元禄国絵図には川内川のほか、京泊きようどまり川などとみえる。のち幕府巡見使に尋ねられた際に千台川と改めたが、享保五年(一七二〇)鹿児島藩主島津吉貴の命により川内川に定まったという(島津国史)。「三国名勝図会」は千代川の名の由来として、往古高千穂たかちほ峰に天孫降臨ののち、千台を築き皇居とした場所を流れていたことによるとする。ただし日向国真幸まさき(現えびの市)で真幸川、菱刈ひしかり郡内では菱刈川とよばれ、流域広範囲でおお川と称された。流域には上流から加久藤かくとう栗野くりの・菱刈・大口・宮之城みやのじようと大小の盆地が並び、最下流で川内平野(盆地)に達する。えびの市(加久藤盆地)と鹿児島県吉松よしまつ町の間には大きな狭窄部があり、この部分でそれまでほぼ西流していた当川は大きく南へ方向を転じ、栗野町に至り北西方向に流下する。菱刈町と大口市の境界で南流してきた支流羽月はつき川が右岸に合流し、再び西へ方向を変え鶴田つるだ町の鶴田ダム湖へいったん注ぐ。ここで流れを南南西へと変え、東郷とうごう町と川内市の境界付近で樋脇ひわき川を左岸に合せてのち南流し、川内市街地に入って西流し東シナ海へ至る。

源流部付近の地質は九州山地の南端部にあたり、一部に中生層を含む第三紀火山岩類と、加久藤盆地を挟み南部の霧島火山群を構成する第四紀の火山岩類(角閃石安山岩・輝石安山岩など)が骨格となっている。盆地部は砂礫層と沖積層からなる。


川内川
せんだいがわ

えびの市北東、熊本県との境の大字大河平おこびらの苗杉付近に発し、加久藤かくとう盆地北寄りを南流し、鉄山てつやま川などを集めて流れを西に転じる。南縁の霧島山系からは池島いけじま川・白鳥しらとり川・長江ながえ川などの一次・二次支流、北縁の国見くにみ(六八五・二メートル)から矢岳やたけ(七三九メートル)に連なる矢岳高原の稜線から二十里はたり川・しら川・ノ川などの一次支流を集めながら盆地を西流。加久藤盆地を出て鹿児島県吉松よしまつ町に入り南流したのち北西へ向きを変え、さらに鹿児島県北薩地方の小盆地を縫うように南西流し、同県川内市久見崎ぐみざきで東シナ海に注ぐ。一級河川。鹿児島県境までの流路延長二九・二キロ、鹿児島県内の流路延長一三七キロ。宮崎県部分は最上流域になる。宮崎県は西高東低の地形であるため主要河川はすべて東流しており、当川だけが西流する。加久藤盆地底は標高二三〇メートル前後の東高西低の沖積平野で、当川流路は蛇行が目立つ。流域の土地利用はほとんどが水田で、集落は自然堤防や段丘上に立地するものが多い。


川内川
かわうちがわ

川内町のほぼ中央を南流し、陸奥湾に注ぐ。縫道石ぬいどういし(六二六メートル)袴腰はかまごし(六二一・七メートル)の山間に発する福浦ふくうら川を源流とし、大利家戸おおりげど川を合せて東流する。はた盆地付近で矢櫃やべち川・なか川さらにノ川を合せて南に転じ、中流・下流でも大小数十にのぼる渓流を合流する。下流域一帯は沖積三角地となる。全長約二七・六キロ。支流の湯ノ川下流に湯野川ゆのかわ温泉、本流中流に大滝おおたき下戸が淵げどがふちなどの名勝がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「川内川」の意味・わかりやすい解説

川内川
せんだいがわ

熊本県球磨(くま)郡の白髪岳(しらがだけ)(1417メートル)の南斜面に源を発し、宮崎県えびの市、鹿児島県伊佐(いさ)市などを経由し、鹿児島県薩摩川内(さつませんだい)市久見(ぐみ)崎で東シナ海へ注ぐ。一級河川。延長137キロメートル、流域面積1600平方キロメートルで九州第二の大河川である。流域内には、上流から加久藤(かくとう)、大口(おおくち)、宮之城(みやのじょう)、川内と盆地や平野が並ぶ。そのため川は著しく曲流しながら流下するので、各盆地はいずれも常襲的な洪水氾濫(はんらん)地域となっていた。1906年(明治39)の大水害をはじめとして、その後もあちこちで災害を受けている。この災害を防止する目的で大口盆地と宮之城盆地との間の狭窄(きょうさく)部に1966年(昭和41)に鶴田ダムが建設されたが、西日本最大といわれたこのダムをもってしても、災害はなお完全には防止されていない。かつては河川交通が行われたが、現在は薩摩川内市街地から下流12キロメートルまでがわずかに使われているにすぎない。流域は鹿児島県の川内川流域県立自然公園に指定されている。

[塚田公彦]


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百科事典マイペディア 「川内川」の意味・わかりやすい解説

川内川【せんだいがわ】

熊本県南東端の白髪(しらが)岳に発し,宮崎県南西部,鹿児島県北部を西流して東シナ海に注ぐ川。長さ137km,流域面積1600km2。中・下流域の大口盆地,川内平野は南九州の重要な水田地帯である。
→関連項目えびの[市]栗野[町]祁答院[町]薩摩[町]鶴田[町]東郷[町]菱刈[町]樋脇[町]宮之城[町]吉松[町]

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改訂新版 世界大百科事典 「川内川」の意味・わかりやすい解説

川内川 (せんだいがわ)

九州南西部を流れる川。熊本県南部,九州山地の白髪岳(1417m)の斜面に源を発し,宮崎県北西部から鹿児島県の北部を何回も方向を転じながら西方に流れ,薩摩川内市の旧川内市を貫流して東シナ海に注ぐ。幹川流路延長137km,全流域面積1600km2。上流から加久藤(かくとう)(えびの),栗野,大口,宮之城(みやのじよう)の諸盆地が発達するが,各盆地の高低差が大きいため滝や早瀬が各所にあり,また屈曲が著しいため水量は少ないがたびたびはんらんし,旧川内市の低地部や伊佐市の旧菱刈町の湯之尾温泉付近は水害常襲地であった。近年は河川改修がすすみ,とくに1966年には大口盆地と宮之城盆地の間に発電を兼ねた洪水調節用の鶴田ダム(最大出力12万kW)が完成した。鹿児島県下の各盆地には小低地があり,下流の川内平野とともに米作地域になっている。かつては舟運によって盆地に産する米が川内港に運ばれた。現在は河谷沿いにJR吉都(きつと)線,国道221号,267号線が通じる。鶴田ダムと大口盆地の出口にある曾木の滝(幅210m,高さ12m)を中心とする渓谷美は鹿児島県立自然公園に指定されている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「川内川」の意味・わかりやすい解説

川内川
せんだいがわ

鹿児島県北西部を流れる川。全長 137km。九州山地南部,熊本県南東端の白髪岳の南部に発し,宮崎県の加久藤盆地から鹿児島県の栗野盆地,大口盆地を南西流,川内平野を貫流して東シナ海に注ぐ。筑後川に次ぐ九州第2の川。中流部に鶴田ダム (出力約 13万 kW) がある。下流域の川内平野は,鹿児島県有数の米作地帯。流域には景勝地が多く,川内川流域県立自然公園に指定されている。

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世界大百科事典(旧版)内の川内川の言及

【鶴田[町]】より

…人口5083(1995)。川内(せんだい)川の中流域に位置し,出水山地の山々が町域の大半を占める。北は出水市,大口市に接する。…

※「川内川」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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