宮田鉱山(読み)みやたこうざん

日本歴史地名大系 「宮田鉱山」の解説

宮田鉱山
みやたこうざん

[現在地名]協和町荒川

元文二年(一七三七)の記録に、湯埜沢(ゆのさわ)古銅山・大鍋倉(おおなべくら)古銅山・足倉沢(あしくらさわ)古銅山・成土石(せどいし)古銅山・安藤滝見立(あんどうたきみたて)銅山の五ヵ所を合わせて宮田銅山と称していた(秋田領内諸金山箇所年数帳)。元文二年まで土崎湊(つちざきみなと)の商人の受山であったが、同年藩の直山となった。同期には炭木山として西長野(にしながの)村(現角館町)の大水無沢(おおみずなしさわ)・南長平(みなみながたいら)・務沢頭(つとめさわがしら)より下の峰限り、郷中取立林の西長野村天井畑(てんじようはた)山・南長平嶺切水落次第が指定された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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