家原寺村(読み)えばらじむら

日本歴史地名大系 「家原寺村」の解説

家原寺村
えばらじむら

[現在地名]堺市家原寺町一―二丁・津久野つくの町一丁・鶴田つるた

踞尾つくのお村の南に位置する。村の西部石津いしづ川が湾曲しつつ北流し、南部中央にはおお池がある。古くは家原村と称したが、行基開創の家原寺にちなんで家原寺村と称するようになったという(大阪府全志)。「いえばらじ」ともいう。家原寺の名は「行基年譜」三七歳の記事にみえる。享禄三年(一五三〇)三月二八日の旦那売券(熊野那智大社文書)に「和泉国家原」とみえ、この辺り一円が熊野御師天満弾正重豊の檀那場であったことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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