家城庄(読み)いえきのしよう

日本歴史地名大系 「家城庄」の解説

家城庄
いえきのしよう

北家城きたいえき雲出くもず川対岸の南家城一帯が荘域と思われる。北家城には鎌倉末建立の白山比はくさんひめ神社があった。初めは北家城が中心地と考えられる。「吾妻鏡」文治三年(一一八七)四月二九日条に載せる公卿勅使伊勢国駅家雑事勤否散状の「不勤仕庄」に「家城庄地頭常陸六郎」とみえる。建長五年(一二五三)一〇月二一日の近衛家所領目録(近衛家文書)によれば、当庄は藤原頼通の子師実の家領であったが、当時は近衛家が荘務権を有し、預所は光職法師である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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