日本歴史地名大系 「宿久庄村」の解説 宿久庄村しゆくのしようむら 大阪府:茨木市宿久庄村[現在地名]茨木市宿久庄一―三丁目・同五―七丁目・宿久庄・室山(むろやま)一―二丁目・豊原(とよはら)町・藤の里(ふじのさと)一―二丁目・豊川(とよかわ)一丁目など北摂山地南麓にあり、村の西から南を勝尾寺(かつおじ)川が流れる。南は道祖本(さいのもと)村。「和名抄」島下(しましも)郡宿久(すく)郷の地で、「延喜式」神名帳の須久々(すくく)神社が鎮座。久安六年(一一五〇)一二月二三日の藤原佐長譲状(勝尾寺文書)に「すくのむら」とあり、延応二年(一二四〇)二月一七日の藤原しやうれん田畠譲状(同文書)に、しやうれんが「すくの御しやう」内の先祖相伝の私領一反を譲渡したことがみえ、建武三年(一三三六)六月二六日の全石女田地売券(同文書)にも「すくのむら」とあるので、古く「すく」とよんだことがわかる。しかし慶長一〇年(一六〇五)摂津国絵図には「シクノ庄村」とみえ、近代でも「シクノショウ」といった(内務省地理局編「地名索引」)。「摂津志」には「宿(しゆく) 久(くの)庄」とある。宿久郷・宿久村の地に中世宿久庄が成立、のちに村名となったものである。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by