富戸村(読み)ふとむら

日本歴史地名大系 「富戸村」の解説

富戸村
ふとむら

[現在地名]伊東市富戸

東は相模灘に面し、北は川奈かわな村。元禄郷帳によると高八三石余。初め幕府領、延宝九年(一六八一)相模小田原藩領、宝永三年(一七〇六)一部が幕府領となり(「名主手控」荻野家文書)、天明四年(一七八四)下総関宿藩領、翌年石見浜田藩領、寛政四年(一七九二)幕府領と旗本斎藤領の相給、文化八年(一八一一)駿河沼津藩領となり幕末に至る(韮山町史)。江戸城築城石を切出し、尾張名古屋藩の駿州・豆州・相州御石場絵図(旧蓬左文庫蔵)には村内に尾張家丁場や毛利家丁場、商人丁場もみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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