富田朝彦(読み)トミタ トモヒコ

20世紀日本人名事典 「富田朝彦」の解説

富田 朝彦
トミタ トモヒコ

昭和・平成期の官僚 元・宮内庁長官。



生年
大正9(1920)年7月3日

没年
平成15(2003)年11月13日

出生地
北海道函館市

学歴〔年〕
東京帝国大学法学部政治科〔昭和18年〕卒

主な受賞名〔年〕
勲一等瑞宝章〔平成4年〕

経歴
昭和18年内務省に入省。警視庁警備局長時代は浅間山荘事件指揮。47年警視庁副総監、48年内閣調査室長、49年宮内庁次長などを経て、53年宮内庁長官に就任。約10年間にわたって晩年の昭和天皇に仕え、在位60周年記念式典や高松宮葬儀などを取り仕切った。また62年には歴代天皇で初めてとなる開腹手術を決断した。63年6月退官。平成元年〜6年国家公安委員を務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む