小島龍太郎(読み)オジマ リュウタロウ

20世紀日本人名事典 「小島龍太郎」の解説

小島 龍太郎
オジマ リュウタロウ

明治期の社会思想家



生年
嘉永2年11月27日(1850年)

没年
大正2(1913)年1月5日

出生地
江戸

出身地
高知県高知市

旧姓(旧名)
徳増屋

経歴
高知城下の富商の家に生まれる。明治初年長崎で平井義十郎にフランス語を学ぶ。22年以降、農商務省、大分県、衆院の各書記官などを務め、25年酒井雄三郎、高野房太郎らと社会問題研究会を結成。36年幸徳秋水、堺利彦らの平民社の後援者となり、以後、社会主義運動のため資金援助を続けた。中江兆民、西園寺公望とは友人で、37年11月13日付「平民新聞」(発禁)に訳載された「共産党宣言」の原本提供者でもある。訳書エミール・アコラス「仏国民法提要」(全18巻)がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 旧姓

367日誕生日大事典 「小島龍太郎」の解説

小島 龍太郎 (こじま りょうたろう)

生年月日:1849年11月27日
明治時代の社会思想家
1913年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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