小楊生郷(読み)こやぎゆうごう

日本歴史地名大系 「小楊生郷」の解説

小楊生郷
こやぎゆうごう

[現在地名]奈良市柳生町

「春日社記録」中臣祐定記の嘉禎二年(一二三六)一〇月四日条に「本神戸小柳生郷」とある。また同記録中臣祐賢記の文永六年(一二六九)正月一日条に「御節供次第 小楊生」とある。小楊生は神戸四箇郷の一と考えられ、春日社神戸に始まる同社神供料所と考えられ、以後も元旦の節供を備進している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の小楊生郷の言及

【柳生】より

…古くは《和名抄》に添上郡楊生(やぎゆう)郷として名が見える。また春日社領神戸四ヵ郷のうちに大楊生郷,小楊生郷があった。現在,柳生町の山沿いの道のかたわらに正長の土一揆の際の柳生徳政碑(史)があり,神戸四ヵ郷の債務破棄を明記した文言が残る。…

※「小楊生郷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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