小池庄(読み)おいけのしよう

日本歴史地名大系 「小池庄」の解説

小池庄
おいけのしよう

正平一〇年(一三五五)五月一三日付後村上天皇綸旨写(「続風土記」所収小山家文書)に、

<資料は省略されています>

とみえるが、疑問が残る。のち南北朝動乱期、北朝にくみして紀南で勢力を伸ばした湯河氏の支配下に入ったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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