小湊浦(読み)こみなとうら

日本歴史地名大系 「小湊浦」の解説

小湊浦
こみなとうら

[現在地名]加世田市小湊

加世田郷の浦の一つ(「薩藩政要録」など)。小湊村のうちにあり、現在の共進きようしん地区西部にあたる。加世田名勝志では竈数一四六・人躰八四二。幕末頃の加世田再撰史(加世田市立郷土資料館蔵)によると、当浦および小湊村を管轄する小湊庄屋浦役所があり、竈数一五〇・人躰一千二〇〇、船数三五。延宝八年(一六八〇)には八〇匁の魚運上銀、浦人八二二人に対し三九人に一人の浦水手役を出す規定であった(列朝制度)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む