小相木村(読み)こあいぎむら

日本歴史地名大系 「小相木村」の解説

小相木村
こあいぎむら

[現在地名]前橋市小相木町・光が丘町(ひかりがおかまち)・朝日が丘町(あさひがおかまち)

西は箱田(はこだ)村・古市(ふるいち)村、北は内藤分(ないとうぶん)村に接し、東は利根川を挟んで宗甫分(そうほぶん)村に対し、南は上新田(かみしんでん)村・後家(ごけ)村。元和五年(一六一九)の安藤対馬守殿御領分高覚帳(東大史料編纂所蔵)では、高一五八石七斗余で、その内訳は田方一二町九反余・畑方一八町余とあり、高崎藩領であった。正徳年間(一七一一―一六)の植野堰最初掘立御普請書(武井文書)によれば、小相木村は「御料所分」とあり、幕府領であった。しかし、「更正高崎旧事記」によれば、寛延二年(一七四九)までは高崎宿へ加助郷を出していたが、同年前橋藩領になり、加助郷は中止されたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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