小舞木村(読み)こまいぎむら

日本歴史地名大系 「小舞木村」の解説

小舞木村
こまいぎむら

[現在地名]太田市小舞木町

うちしま村の西に位置し、西は飯田いいだ村、南は飯塚いいづか村、北は新島にいじま村。長禄二年(一四五八)頃の岩松持国知行分并闕所注文写(正木文書)に「小舞木郷」とみえ、天正一二年(一五八四)六月一四日の北条氏直宛行状(原文書)で、氏直が冨岡氏に与えた新田につた領の中に「小舞木」とある。寛文郷帳では田方一七七石余・畑方一四〇石余、館林藩領。元禄郷帳では旗本山岡・鵜殿領の二給。江戸後期の御改革組合村高帳では元禄郷帳と同様に旗本領二給で、家数二五。享保一三年(一七二八)徳川吉宗の日光社参にあたっては日光街道古河こが宿(現茨城県古河市)加助郷を勤めており(「御用触継帳」岩崎文書)、明和三年(一七六六)の太田宿助郷帳(太田市役所蔵)によると、高一七八石余の定助郷役を勤めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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