小菅郷校跡(読み)こすげごうこうあと

日本歴史地名大系 「小菅郷校跡」の解説

小菅郷校跡
こすげごうこうあと

[現在地名]里美村小菅 伊保竹

伊保竹いぼだけの通称御館の平おかんのたいら上台うわだいの地に、安政四年(一八五七)三月開館された水戸藩一五郷校の一つ。

当時の絵図(椎名智彦氏蔵)によると、一千五六六坪の敷地内に本館があり、その南に八八四坪の練兵場、北西に長さ一〇〇間・幅三間の百間矢場(射撃場)と長さ三〇間・幅六間の矢場があった。本館の構造は上段の間、二の間(ともに八畳)、三の間(六畳)、玄関(四畳)、勝手(一一畳)、武場(広さ不明)となっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 おかん 幕末 大半

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む