小野倉蔵(読み)オノ クラゾウ

20世紀日本人名事典 「小野倉蔵」の解説

小野 倉蔵
オノ クラゾウ

昭和・平成期の福祉活動家 元・児童養護施設中部少年学院院長;元・下関市会副議長。



生年
明治41(1908)年2月24日

没年
平成9(1997)年11月6日

出身地
群馬県

主な受賞名〔年〕
吉川英治文化賞〔昭和37年〕

経歴
下関市で終戦直後、孤児を収容する中部少年学院を設立、院長となり、約5千人の子供を育て、市民から「福祉の父」と呼ばれる。下関市議を7期、その間副議長も務める。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小野倉蔵」の解説

小野倉蔵 おの-くらぞう

1908-1997 昭和後期-平成時代の福祉活動家。
明治41年2月24日生まれ。戦災孤児救済のため,昭和21年山口県下関市に中部(なかべ)少年学院を開設,108名の孤児と共同生活をはじめる。26年乳児預かり所を併設。おおくの子供たちを社会におくりだした。58年全国養護施設協議会会長。62年吉川英治文化賞。平成9年11月6日死去。89歳。群馬県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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