20世紀日本人名事典 「尺秀三郎」の解説 尺 秀三郎セキ ヒデサブロウ 明治・大正期の教育家,ドイツ語学者 東京外国語学校教授。 生年文久2年3月15日(1862年) 没年昭和9(1934)年11月5日 出生地江戸 学歴〔年〕東京師範(現・東京学芸大学)卒 経歴英学者・尺振八の養子。文部省編輯局に入り、明治21年ドイツに留学、教育学、ドイツ語を研究して帰国。大日本図書編輯所長、東京美術学校教授、東京外国語学校教授などを歴任し、のち職を退き精華学校長となった。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「尺秀三郎」の解説 尺秀三郎 せき-ひでさぶろう 1862-1934 明治-昭和時代前期の教育者。文久2年3月15日生まれ。尺振八の養子。明治21年ドイツに留学し教育学などをまなぶ。大日本図書編輯(へんしゅう)所長,東京美術学校教授,東京外国語学校教授をつとめ,のち精華学校長となった。昭和9年11月5日死去。73歳。江戸出身。東京師範卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by