尾崎将司(読み)おざきまさし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「尾崎将司」の意味・わかりやすい解説

尾崎将司
おざきまさし

[生]1947.1.24. 徳島,宍喰
[没]2025.12.23.
プロゴルファー。本名尾崎正司。「ジャンボ」の愛称で親しまれ,豪快なスイングと圧倒的な飛距離を武器に 1970~90年代の日本のゴルフ界を牽引し,史上最多のツアー通算 94勝をあげるなど数々の記録を打ち立てた。
徳島県宍喰町(現海陽町)に生まれる。徳島県立海南高等学校の野球部のエース,四番打者として 1964年春の選抜高等学校野球大会で活躍し優勝。翌 1965年にプロ野球の西鉄ライオンズに入団したが 3シーズンで退団し,プロゴルファーを目指す。1970年にプロデビューし,2年目の 1971年9月の日本プロゴルフ選手権で初優勝したのを皮切りに 3ヵ月間で 5勝をあげる。日本のプロゴルフにツアー制が導入された 1973年は 5勝して初代賞金王となり,青木功,中嶋常幸とともに「AON」と称され,ゴルフブームを巻き起こした。1980年代前半に長いスランプに陥ったものの復活し,1988~90年の 3年連続,1994~98年の 5年連続を含む最多の通算 12度の賞金王に輝いた。50歳以降もシニアツアーには参加せず,レギュラーツアーにこだわり続け,2002年には全日空オープンでツアー制施行後最年長となる 55歳7ヵ月29日で優勝,これが最後の優勝となった。国内ツアー通算 94勝,その他の勝利も加えた通算 113勝はともに歴代最多記録。国内メジャー大会 20勝も最多だが,幾度か挑戦した世界四大メジャーでは 1989年の全米オープンの 6位が最高だった。2010年世界ゴルフ殿堂入り。66歳で出場した 2013年のつるやオープンで,レギュラーツアー初となるエージシュート(自身の年齢以下のスコアでホールアウトすること)を記録した。2018年,千葉県千葉市にジャンボ尾崎ゴルフアカデミーを創立し,後進育成に努めた。実弟の尾崎健夫,尾崎直道もプロゴルファー。

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百科事典マイペディア 「尾崎将司」の意味・わかりやすい解説

尾崎将司【おざきまさし】

プロゴルファー。その豪快なプレー・スタイルから〈ジャンボ〉の愛称で親しまれる。徳島県生れ。徳島海南高卒。1964年の選抜高校野球大会に出場し,優勝投手となる。翌年西鉄ライオンズへ入団するが,1970年プロゴルファーに転向。翌年日本プロ選手権で初優勝。1973年には年間10勝を記録するなど,日本のプロゴルフの人気を高める原動力となった。1996年前人未踏の通算100勝を記録。弟の健夫,直道もプロゴルファー。→ゴルフ
→関連項目杉原輝雄

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「尾崎将司」の解説

尾崎将司 おざき-まさし

1947- 昭和後期-平成時代のプロゴルファー。
昭和22年1月24日生まれ。39年選抜高校野球で徳島海南高のエースとして優勝。翌年西鉄に入団したが,44年ゴルファーとなる。豪快なドライバーショットで「ジャンボ」とよばれる。46年日本プロで初優勝して以来,平成14年の全日空オープンまで通算113勝をあげる。22年世界ゴルフ殿堂入り。弟の健夫,直道もプロゴルファー。徳島県出身。

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367日誕生日大事典 「尾崎将司」の解説

尾崎 将司 (おざき まさし)

生年月日:1947年1月24日
昭和時代;平成時代のプロゴルファー

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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