屋富祖村(読み)やふすむら

日本歴史地名大系 「屋富祖村」の解説

屋富祖村
やふすむら

[現在地名]浦添市屋富祖(やふそ)・屋富祖一―三丁目・大平(おおひら)一丁目・宮城(みやぎ)一丁目

宮城(なーぐしく)村の北に位置し、北は城間(ぐすくま)村、東は屋取の大平(うふんだ)。添村として親富祖(えつそ)村があり、当村西部には名護(なご)屋取が形成された(各町村字並屋取調)。絵図郷村帳に「屋ふそ村」とあり、「琉球国由来記」以後は屋富祖村とみえる。乾隆二年(一七三七)に親富祖村を合併したとみられるが、詳細は不明。家譜資料によると、当村の脇地頭はおもに首里系士族董氏で、順治一六年(一六五九)に董姓支流五世の仲安(董自慶)が就任、以後七世仲共の康熙六一年(一七二二)まで同氏の采地となった(董姓屋富祖家家譜)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む