山下御門跡(読み)やましたごもんあと

日本歴史地名大系 「山下御門跡」の解説

山下御門跡
やましたごもんあと

[現在地名]千代田区内幸町一丁目

京橋方面と外桜田そとさくらだを結ぶ江戸城外郭門。枡形は寛永一三年(一六三六)讃岐高松藩生駒高俊の構築。寛永江戸図には姫御門とあり、また門内に肥前佐賀藩鍋島家の屋敷があることから鍋島なべしま御門ともよばれた(江戸紀聞)。のちに京橋側の山下町(現中央区)の名にちなんで山下御門と呼称されるようになった。明暦三年(一六五七)大火焼失、万治三年(一六六〇)に再建され、享保一二年(一七二七)・安政三年(一八五六)に修理が行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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