山入端万栄(読み)ヤマノハ マンエイ

20世紀日本人名事典 「山入端万栄」の解説

山入端 万栄
ヤマノハ マンエイ

明治〜昭和期の移民



生年
明治21(1888)年12月14日

没年
昭和34(1959)年10月31日

出生地
沖縄県

経歴
明治40年東洋移民合資会社の契約移民(3カ年)に応募してメキシコへ渡り、炭鉱労働に従事。43年北米密出国を計るが失敗。この年メキシコ革命が発生、政府軍の傭兵となって各地に転戦、危うく助かる。大正5年混乱を逃れてキューバへ渡り、キューバのドイツ公使館の運転手となり、その時知り合ったドイツ人女性エリザベスと結婚。その後ハバナ貿易商を営んだ。著書に「わが移民記」。上野英信著「眉屋私記」がある。没月日は10月31日、12月14日の2説がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山入端万栄」の解説

山入端万栄 やまのは-まんえい

1888-1959 明治-昭和時代の海外移住者。
明治21年12月14日生まれ。40年メキシコにわたり炭鉱ではたらく。革命にまきこまれて政府の雇い兵となり,のちキューバへ脱出。ドイツ公使館運転手などをへてハバナで貿易商となった。昭和34年10月31日死去。70歳。沖縄県出身。著作に「わが移民記」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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