広義には,国家の統治機構全体を意味し,立法・司法・行政の全部門を含む概念。イギリス,アメリカなどのgovernmentはこの意味で用いられることが多く,国家統治機構についてのみならず地方自治体についても地方政府local governmentとして転用されうる。狭義には,行政・執行部のみを指し,ドイツ語Regierungや日本語の政府においては,この意味合いが強い。
政治概念の広狭2義は,近代国民国家形成のあり方に由来するといえる。ロック,ルソーなど近代政治思想の系譜は,国民主権と法の支配の観念を発達させ,国民意思の代表機関たる議会=立法府を中心に政府を構想してきた。イギリス,アメリカ,フランスなどの統治機構は,議会を中心としてその立法にもとづく司法・行政を考えるため,政府概念は広義のものとなることができた。ドイツや日本では,君主大権のもとで,官僚的行政機構(官僚制)中心の国家形成が上から進められ,議会はむしろ,政府=行政府と対立するものと観念された。これを基礎づけたドイツ国法学は,政府を立法機関から独立した〈指導の国家的・法律的形式〉(H. ケルゼン)に限定することにより立憲主義,自由主義の理念と官僚主義的行政国家の妥協をはかったのであった。
20世紀の大衆民主制の発展と政党政治の普遍化は,政府概念に新たな意味を付与することになった。第1に,広義の政府概念に含まれていた国民主権と代表制議会主義の観念が,労働者・下層民衆の政治参加と国家の経済的・福祉的機能増大のもとで,議会の立法機能としての形骸化と行政・執行府の顕著な拡大を引き起こし,広義の政府概念であっても立法府中心ではなく内閣や大統領府など行政機構中心に考えられる傾向が生まれてきた。第2に,現在の日本でも内閣を政府と呼ぶ場合が多いように,ドイツ国法学型の狭義の政府概念は生き残るが,ドイツや日本などでも君主主権から国民主権へと国家活動の正統性原理が転換することにより,狭義の政府であっても立法・司法府の規制と監視を受け,国民代表を媒介することが当然とみなされるようになった。第3に,ウェストファリア条約以来の主権国家システムと密接不可分で対外的政策決定主体とみなされてきた伝統的国家政府national governmentの観念が,国際連合,ヨーロッパ共同体など超国家的政策決定主体の形成や国家間相互依存の深まり,さらには民間外交や地方自治体間交流など諸国民の行動レベルの多元化,多層化により相対化され稀釈されて,国際政府international governmentや地方政府local governmentの観念が発達してきた。自主管理self administration構想と結びついた自己統治=自治self government観念の形成も,従来の政府概念に再検討を迫ってきている。日本の政治的近代化過程で天皇大権と密接不可分に形成された狭義の政府概念も,革新自治体,市民運動などによる地方自治local self government再解釈の問題提起によって,再構成されようとしている。
執筆者:加藤 哲郎
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(1)広義では、国家の統治機構を総称し、立法、司法、行政のすべての機関を包含する。(2)狭義には、行政府(内閣および行政機構)を意味する。(3)最狭義においては、内閣、それもその時々の内閣をさす。英米仏などでは(1)の意味で用いられるが、日本では普通(2)(3)の意味で使われる。市民革命が貫徹された英米仏などの国々では、国民の代表機関たる議会を中心として統治機構がつくられてきたため、governmentの語は統治の三権を行うすべての機構をさすものとされてきた。これに対し日本では、政府ということばは立憲制の発達以前、三権の区別のなかった当時の統治機構をさすものとして使われ、立憲制の成立後も大権政治のもとで天皇の信任によって成立する内閣・行政官省を意味し、政府は国民の代表機関たる国会とは対抗関係にありこれを含まないものと考えられた。日本国憲法制定後も、その慣用で(2)(3)の意味で用いられている。20世紀に入って諸国に行政権優位の現象が現れ、今日では国家統治における内閣の重要性を反映して、英米においても政府が行政府を意味する用例が見受けられる。
[小松 進]
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(新藤宗幸 千葉大学法経学部教授 / 2007年)
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…特定の少数者が権力を背景として集団に一定の秩序を付与しようとすること。政治とほぼ同義に用いられることが多いが,厳密に解すれば,統治は少数の治者と多数の被治者との分化を前提とし,治者が被治者を秩序づけることを意味するのに対して,政治は,少なくとも,対等者間の相互行為によって秩序が形成されることを理想としている。こうした差異を端的に示しているのは,政治と統治の言語としての差異であろう。すなわち,〈統治〉は〈統治する〉という他動詞の名詞形であるが,〈政治〉には同様の他動詞が対応していない。…
…17世紀末ころ以来,絶対主義的な支配体制の確立を試みた君主は,その直属の官僚機構(コミッサリアートKommissariat)の権限拡大に努め,これらの官僚機構にその所管事項についての行政権と裁判権を与えてきた。しかし,それらの官僚機構の所管事項はしばしば伝来の司法裁判所(レギールングRegierung)の所管事項と競合し,そこに絶えざる権限争議が生じた。18世紀の半ばになると,一方では君主の官僚機構の整備も進み,それらの官僚機構による官府裁判Kammerjustizの制度も司法手続化されるようになった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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