朝日日本歴史人物事典 「山名氏家」の解説
山名氏家
南北朝・室町時代の武将。氏冬の子。中務大輔。父氏冬が応安3/建徳1(1370)年1月に死んだのち遺職は弟氏重が継いだがまもなく氏重も夭折,その跡を継承して因幡守護に就任した。家督氏清が将軍足利義満に反した明徳の乱(1391)の際には,守護代入沢某の強請によってやむなく八幡に参陣し,氏清と共に内野に戦ったが,氏家にはもとより戦意なく,義満に帰参して許された。因幡守護に還補され,応永7(1400)年6月までの在職記録がある。同18年には山名上総介が同職についていることから,その間に没したものと推定される。
(今谷明)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報