南北朝(読み)ナンボクチョウ

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

南北朝

1333年の鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇足利尊氏が対立。36年、尊氏が京都に光明天皇を擁立したため、後醍醐天皇は奈良の吉野に逃れた。以後、57年間、朝廷は京都の北朝と吉野の南朝に分かれ、互いに争ったが、92年に南北朝が合一した。戦前は政府によって南朝が正統とされた。

(2009-07-18 朝日新聞 朝刊 1社会)

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百科事典マイペディアの解説

南北朝【なんぼくちょう】

中国でからにいたる中間の時代をさし,5―6世紀,南北に漢族と異民族の王朝が対立した。南朝は東晋のあと,と交替。北朝は北魏の統一を経て,2国に分裂したが,再び北周が統一。隋が受け継ぎ589年陳を滅ぼし,天下を統一。→魏晋南北朝時代六朝文化
→関連項目オケオ

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精選版 日本国語大辞典の解説

なんぼく‐ちょう ‥テウ【南北朝】

(南朝と北朝の意)
[一] 晉から隋までの間に中国を支配した南北の諸王朝。南朝は東晉の滅亡後、江南に拠った宋・斉・梁・陳の四朝(四二〇‐五八九)、北朝は五胡十六国の騒乱後、華北に拠った北魏・東魏・西魏・北斉・北周の五朝(三八六‐五七七)で、北周を滅ぼした隋が南朝の陳を合わせて南北を統一した。
[二] 日本で、中世、南北朝時代に分立対抗した大覚寺統の朝廷である南朝と、持明院統の朝廷である北朝との併称。戦国時代ころより、中国の例により併称するようになった。また、その時代。
※翰林葫蘆集(1518頃)一三「建武間天下瓜分、南北朝称両帝

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