山本太一(読み)ヤマモト タイチ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「山本太一」の解説

山本 太一
ヤマモト タイチ


職業
浪曲曲師

本名
山本 太市

生年月日
明治40年 10月1日

出生地
島根県出雲

経歴
祖父は旅芝居の一座を持ち自らも義太夫を語り、父は靴職人の傍ら衣装方と床山をつとめるという芸能一家の中で育つ。中学中退後16歳で安来節の三味線を習う。大正13年上京、御園座に出る。その後浪曲三味線に魅かれ転向、千葉で初舞台を踏んだがやがて自信を失い安来節に戻って大阪吉本の専属となる。昭和14年2代目天中軒雲月に認められ浪曲界に復帰。16年まで雲月の曲師をつとめる。18年からは木村若衛の合三味線として40余年つとめた。51年発足した木馬亭の浪曲三味線教室で後進の指導にあたり、55年木馬浪曲友の会から永年の業績に対して表彰された。

没年月日
平成7年 2月2日 (1995年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む