朝日日本歴史人物事典 「山本良臣」の解説
山本良臣
江戸後期の医者,本草家。姓は館,名は良臣,安暢,後称諄大,字は徴聖,通称は泰淵,号は簡斎,氷川。祖父の山本逸記は小野蘭山の門人で松江藩医学校存済館の初代館長。父は荻野元凱の門人で存済館教授山本安良。松江に生まれ,天保期(1830~44)山本亡羊に入門し本草学を学ぶ。松江藩主松平斉貴の側医として仕え,天保9(1838)年百姓食延のため山海産物選を仰せ付けられる。弘化年間(1844~48)存済館 預 並びに医事御文庫預,のち医学教授。安政6(1859)年藩主の森林御殿に出仕。慶応1(1865)年表医師上座。『本草学書籍』『雲州採薬記事』を著し,山本亡羊の講義録も多数残した。門人に生物学者の松原新之助がいる。
(遠藤正治)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報