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山本亡羊 やまもと ぼうよう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山本亡羊 やまもと-ぼうよう

1778-1859 江戸時代後期の本草家,医師。
安永7年6月生まれ。山本錫夫(せきふ),山本渓愚の父。儒医のかたわら本草学小野蘭山にまなび,京都本草学の中心として活躍。自宅の読書室でおしえ,薬草園をつくり,物産会をひらいた。安政6年11月27日死去。82歳。京都出身。名は世孺(せいじゅ)。字(あざな)は仲直。通称は永吉。著作に「百品考」「救荒本草記聞」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

山本亡羊

没年:安政6.11.27(1859.12.20)
生年:安永7.6.16(1778.7.10)
江戸後期の本草家。幼名は本三郎,名は世孺,字は仲直,通称は永吉。亡羊は号。儒医山本封山の次男として京都に生まれる。父に儒医学を学び,16歳で小野蘭山に入門して本草学を学ぶ。医業のかたわら儒学,本草学を講義し,家塾を読書室と称して毎年のように読書室物産会を開催。この物産会は亡羊没後は子の榕室,弦堂に継がれ,文化5(1808)年から文久3(1863)年にかけて計48回開かれた。深い学識と篤実な人柄で門人は千数百人を数え,蘭山なきあとの京都本草学派の主導者となり,文政9(1826)年には江戸参府途次のシーボルトとも京都で会見している。<著作>『懐中食性』『洛医彙講』『医学字林』『格致類編』『百品考』

(遠藤正治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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