本草学(読み)ホンゾウガク

デジタル大辞泉の解説

ほんぞう‐がく〔ホンザウ‐〕【本草学】

中国古来の植物を中心とする薬物学。500年ころ陶弘景のまとめた「神農本草」が初期文献で、明の李時珍が「本草綱目」に集大成。日本には平安時代に伝わり、江戸時代全盛となり、中国の薬物を日本産のものに当てる研究から博物学物産学に発展した。

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百科事典マイペディアの解説

本草学【ほんぞうがく】

元来は疾病治療に使用する薬物(動植物,鉱物)を研究する学問。中国に発達し,《神農本草経》が最古の本草書とされる。日本でも中国からの本草書の渡来に従い発達したが,《本草綱目》の渡来以後江戸時代に急速に発展した。薬物研究だけでなく博物学的傾向が強く,稲生若水貝原益軒小野蘭山飯沼慾斎,伊藤圭介らの業績がある。明治以後その伝統は絶え,西欧科学の流れに沿った植物学,動物学,鉱物学,薬物学などが行われた。
→関連項目伊藤圭介木村蒹葭堂白井光太郎並河天民竜骨(薬)

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世界大百科事典 第2版の解説

ほんぞうがく【本草学】

中国の,薬物についての学問をいい,薬物についての知識をまとめた書を本草書という。薬物についての研究は本草書を中心にして行われ,その成果はこれらの書のなかに蓄積されてきた。本草の語源については《漢書芸文志に経方の説明として〈経方は草石の寒温に本づき(経方者本草石之寒温)云々〉とあるのによるとか,後蜀の韓保昇の〈薬は草薬がもっとも多いから〉という説などあって定説はない。またこの語ができた時期も不明であるが,前漢の末期に存在していたと《漢書》に記録されている。

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大辞林 第三版の解説

ほんぞうがく【本草学】

古く中国で発達した不老長寿その他の薬を研究する学問。主として植物を対象としたのでこの名がある。日本へも奈良時代に伝わって普及し、江戸時代に最も盛んとなり、動物・鉱物におよび博物学的な研究に発展した。明治に至って、主に植物学・生薬学に受け継がれた。本草。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本草学
ほんぞうがく

本草書をひもとき、薬物の歴史を明らかにする学問。伝統薬物には、長い歴史を経る間に、その名称や基源が変化しているものも多い。とくに漢薬にはその傾向が強く、現在でも多くの異物同名品があり、いずれの薬物を使用すべきかが不明確であることも少なくない。こういった場合には、本草学的に解決するという方法(本草考察)がとられる。本草考察においては、古来の正品を明確にすることはもちろん、その薬物の基源や薬効などの歴史的変遷についても言及する必要がある。したがって、調査対象となる文献は、いわゆる本草書のみならず、医方書、歴史書、小説、地理書、その他といった幅広い分野の書籍に及ぶこととなる。
 本草考察を行うに際して、もっとも注意すべきことは、参考とする本草書の版本である。本草書は、翻刻が重ねられるうちに、その内容が変化しているものである。したがって、同一書名といえども、版本によってかなり内容を異にする。原本にあたるのが最良であるが、原本が散逸しているものも多く、実際には困難である場合が多い。こうしたことから、できるだけさまざまな版本を参照することが望まれるが、版本によって異なる内容があるときは、それが単なる翻刻の誤りか、意図のある改作かを洞察する必要がある。後者である場合は、その時代背景を知ることは本草考察において重要である。時代背景としては、政治的背景のほか、作者の出身地、勉学地などがあげられる。また、校定本の場合には、校定者によって内容が大きく異なるため、とくに注意が必要となる。『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』の校定本においては、収載品目すら異なっている。本草考察において、もう一つ重要なことは、本草書のなかには、孫引きによって書かれた書物も多く、かならずしもその内容が、その時代を反映しているとはいいがたいということである。したがって、書物から得られる知識は、あくまでも時代的変遷の流れのなかでとらえるべきで、誤った先入感をもつことは、正しい考察の妨げとなる。[難波恒雄・御影雅幸]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ほんぞう‐がく ホンザウ‥【本草学】

〘名〙 中国の薬物学で、薬用とする植物、動物、鉱物につき、その形態、産地、効能などを研究するもの。薬用に用いるのは植物が中心で、本草という名称も「草を本とす」ということに由来するという。神農氏がその祖として仮託されるが、古来主として民間でのさまざまな経験が基礎となって発展したもので、梁の陶弘景、唐の陳蔵器らが各時代の整理者として名高く、明にいたって、李時珍によって集大成された。日本では奈良朝以降、遣唐使によって導入され、江戸時代に全盛をきわめた。貝原益軒以後は、中国本草書の翻訳、解釈などにとどまらず、日本に野生する植物・動物などの博物学的な研究に発展し、明治に至って、主に植物学、生薬学に受け継がれた。赭鞭(しゃべん)の学。本草。
※皇国名医伝(1851)中「止於福建十八年、得本草学帰」

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世界大百科事典内の本草学の言及

【医薬品】より

…その代表的なものが,後漢(1~3世紀)のころの《神農本草》と,《傷寒論(雑病論)》である。前者は,西方山地に発達したとされる〈薬効ある自然物〉に関する知識をまとめたもので,中国医学における薬学(本草学)の基礎となったものであり,後者は,身のまわりに存在するありふれた薬物(生薬)を適宜に組み合わせて,その総合的効果が十分に発揮できる特定の条件の疾病に用いるという,当時の江南地方の医術における経験が整理され,一定の薬物を配合した処方に適応する条件(これを証という)という根本概念を把握し,体系化したものである。 漢方医学は,高度な臨床治療体系をもち,非常に実用的なものであり,観念的,神秘的な色彩のまったく認められない実践的医学体系であった。…

【生薬】より

…生薬という言葉は1880年大井玄洞がドイツ語のPharmakognosieに対して〈生薬学〉の訳語をあてたことに始まる。古来〈きぐすり〉という言葉があり,和漢薬の研究に対しては〈本草学〉という語があったが,近代科学の1分野として取り扱うという意味から新しく造られた言葉である。Pharmakognosieという語は1815年ザイドラーSeydlerが論文の標題に用いたのが最初で,1832年マルティウスT.W.C.Martiusの《生薬学の基礎Grundriss der Pharmakognosie des Pflanzenreiches》にこの名称が用いられ,今日に至っている。…

【植物学】より

… 博物学の祖とされるアリストテレスには植物学の著述は残されておらず(彼が植物園をつくっていたともいわれ,植物学に関心がなかったとは思えないが),その弟子のテオフラストスの《植物誌Historia plantarum》などが植物学のはじまりといわれる。中世には本草学herbalismという記載を主とした時代があった。近代植物学は研究機器のめざましい発達とともに,生命現象の解析に大きな成果を上げつつある。…

【円山四条派】より

…第1は南画(文人画)へ,第2は伊藤若冲,曾我蕭白ら表出性の強い画家群へ,そして第3は写生を重視する円山派へと発展した。この基盤として,本草学に象徴されるような当時の文化全般にわたる客観的実証的傾向が指摘できよう。 応挙ははじめ狩野派の一分派である鶴沢派に学んだが,玉条とすべきは粉本でなく写生であることに開眼,これを基礎として新画風の確立へ向かった。…

※「本草学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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