山田長政屋敷(読み)やまだながまさやしき

日本歴史地名大系 「山田長政屋敷」の解説

山田長政屋敷
やまだながまさやしき

現在の馬場ばばん町、中町なかちよう交差点から静岡浅間神社の赤鳥居を抜け、同社に向かう左手に「山田長政屋敷跡」の碑が建つ。「駿河志料」には報身ほうしん寺の南に所在と記される。近世初頭にシャム(現在のタイ王国)の日本人町で活躍し、六昆王(リゴール王)に任じられたという山田仁左衛門長政の生家跡と伝える。父は当町津国屋九左衛門(寛永二〇年没)、母は藁科わらしな川流域出身の寺尾惣太夫の娘という。慶長―元和(一五九六―一六二四)頃にシャムに渡航アユタヤの日本人町で貿易に従事し、ソンタム国王に重用されたが、のち政争に巻込まれて寛永七年(一六三〇)没した(「駿河志料」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む