日本歴史地名大系 「山田長政屋敷」の解説 山田長政屋敷やまだながまさやしき 静岡県:静岡市駿府城下馬場町山田長政屋敷現在の馬場(ばばん)町、中町(なかちよう)交差点から静岡浅間神社の赤鳥居を抜け、同社に向かう左手に「山田長政屋敷跡」の碑が建つ。「駿河志料」には報身(ほうしん)寺の南に所在と記される。近世初頭にシャム(現在のタイ王国)の日本人町で活躍し、六昆王(リゴール王)に任じられたという山田仁左衛門長政の生家跡と伝える。父は当町津国屋九左衛門(寛永二〇年没)、母は藁科(わらしな)川流域出身の寺尾惣太夫の娘という。慶長―元和(一五九六―一六二四)頃にシャムに渡航。アユタヤの日本人町で貿易に従事し、ソンタム国王に重用されたが、のち政争に巻込まれて寛永七年(一六三〇)没した(「駿河志料」など)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by