岡波太村(読み)おかなぶとむら

日本歴史地名大系 「岡波太村」の解説

岡波太村
おかなぶとむら

[現在地名]鴨川市太海ふとみ太海西ふとみにし

宮野下みやのした村の東、いそ村の南西にあり、曾呂そろ川の河口部に立地する。伊南房州通いなんぼうしゆうどおり往還が村内を通る。往古浜波太はまなぶと村とともに波太村と称し、元和四年(一六一八)に分村したというが(安房郡誌)、その後も史料には波太村とみえることが多い。

正保郷帳に波太村とあり、高三一九石余、うち田方一五七石余・畑方一六一石余で、旗本植村(のち勝浦藩主)領一〇九石余・同上野領一四五石余・同保科領三九石余・同内藤領一〇石余と常陸玉取藩領一五石余の五給。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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