岩代庄(読み)いわしろのしよう

日本歴史地名大系 「岩代庄」の解説

岩代庄
いわしろのしよう

東西両岩代川流域に比定される荘園。成立年代・領主ともに不詳。建武三年(一三三六)三月二四日付の尾張守信常書状(清水家文書)に「紀伊国日高郡内、於岩代荘者、所充賜盛氏也、可致管領由、法勝寺宮令旨所候也」とあり、岩代庄が色川盛氏に充行われていることが知られる。また康永三年(一三四四)八月二五日付源義茂田畠寄進状(歓喜寺文書)によれば、当庄西方内の青木田三段・伏山広畠二段を源義茂が和佐(わさ)庄内歓喜(かんぎ)寺(現和歌山市)の恵甄に寄進している。源義茂は岩代庄内になんらかの権利を有していた人物と考えられるが、先の色川盛氏との関係を含めて詳細は不明である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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