岩改村(読み)いわかいむら

日本歴史地名大系 「岩改村」の解説

岩改村
いわかいむら

[現在地名]香北町岩改

萩野(はぎの)村の南、物部(ものべ)川支流萩野川の上流山間の村。南は大忍(おおさと)庄中西川(なかにしがわ)村・西川(にしがわ)村(現香我美町など)。西は押人(おしうど)坂を越えて間(はざま)村(現土佐山田町)。南方に眺望のよい秋葉(あきば)山(四八九・五メートル)がある。村名は岩峡(いわかい)で、峨々たる巌山の間にある土地柄ゆえ生じたとの説がある。

中世は大忍庄西川分で、長禄二年(一四五八)四月二九日付で「岩開」の大郎衛門が「西河の御百姓中」へあてた申入状(蠧簡集木屑)に「大忍庄西河内岩開名内奥谷」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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