崎浦(読み)さきうら

日本歴史地名大系 「崎浦」の解説

崎浦
さきうら

[現在地名]三国町崎

安島あんとう浦の東にあり出入りの多い岩石海岸の入江に位置する。古くは奈良興福寺領の坪江つぼえ庄下郷に属した。嘉元四年(一三〇六)「関東御免津軽船」の一艘が「佐幾良」(崎浦)に入津した際、三国湊や三ヶ浦の住人が船や積荷を略奪したという(大乗院文書「雑々引付」)。室町時代中期以前の記録と思われる「坪江下郷三国湊年貢夫役等事」(大乗院文書)に「前浦」と記され、田畑二町六反、在家名九が記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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