川先新田(読み)かわさきしんでん

日本歴史地名大系 「川先新田」の解説

川先新田
かわさきしんでん

[現在地名]木曾岬村三崎みさき

加路戸かろと輪中南端にあり東側を東川先ひがしかわさき、西側を西川先と称した。宝暦九年(一七五九)見入けんにゆう川が締切られ、その排水路の西側葭生地を開発した。文化一〇年(一八一三)西川先は白木助左衛門が、東川先は尾張豪農が開発したというが、万延元年(一八六〇)洪水亡所になった(木曾岬村史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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