左門米造(読み)サモン ヨネゾウ

20世紀日本人名事典 「左門米造」の解説

左門 米造
サモン ヨネゾウ

明治〜昭和期の発明家



生年
明治6年(1873年)

没年
昭和19(1944)年9月

出生地
奈良県奈良市

経歴
奈良市で歯科医院を経営する傍ら、動力消防ポンプなどを考案し“町の科学者”と呼ばれた。大正6年奈良公園でプロペラ機体後方についた自作複葉機による公開飛行実験を行い、機体を2mほど浮揚させた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「左門米造」の解説

左門米造 さもん-よねぞう

1873-1944 明治-昭和時代前期の在野の科学者。
明治6年生まれ。生地の奈良市で歯科医院を経営するかたわら,動力消防ポンプなどを考案し「町の科学者」とよばれる。大正6年奈良公園でプロペラが機体後方についた自作の複葉機による公開飛行実験をおこない,機体を2mほど浮揚させた。昭和19年9月死去。72歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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