差川村(読み)さすがわむら

日本歴史地名大系 「差川村」の解説

差川村
さすがわむら

[現在地名]周東町大字差川

玖珂郡西南部に位置し、島田(しまた)川流域に開けた村。村域は幾つにも分れて散在するが、およそは長野(ながの)村の南、用田(ようだ)村の西にあり、その西南は熊毛(くまげ)郡で樋口(ひぐち)・小松原(こまつばら)の両村(現熊毛町)である。南北に山を負うが、平地は多い。萩藩領、熊毛宰判に所属。

中世の椙杜(すぎのもり)を分割してできた村であるが、伊勢神宮御師の守札配布先の覚である中国九州御祓賦帳享禄五年(一五三二)分に「なる河のさす河 藤左衛門殿」とみえ、「森脇飛騨覚書」の弘治元年(一五五五)一二月の記事に「杉森差川に人を出し 待伏仕候て」ともある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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