日本歴史地名大系 「布引村」の解説 布引村ぬのびきむら 和歌山県:和歌山市河南地区布引村[現在地名]和歌山市布引名草(なくさ)郡に属し、片男波(かたおなみ)の浜の東、名草山の西、三葛(みかずら)村の南にある。天保郷帳は三葛村新田と注記する。吉原組に属し、同組大差出帳(和歌山大学蔵)によれば家数八五、人数五六八。高六一六石五斗八合ですべて新畑高。文久元年(一八六一)の吉原組達し留(宮本家蔵)に収める布引村の願書には<資料は省略されています>と、当村の瓜作由来が述べられている。また、従来瓜・西瓜を大坂天満青物市場と堀江市場で売りさばいていたが、堀江市場が閉鎖になり天満市場だけとなったため売値が下落、藩に救済を願出ている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by