帆津倉村(読み)ほづくらむら

日本歴史地名大系 「帆津倉村」の解説

帆津倉村
ほづくらむら

[現在地名]北浦村三和みわ

北浦西岸にあり、西は成田なりた村。戦国期以降は武田たけだ郷に属し、武田氏が支配した(新編常陸国誌)。天正一九年(一五九一)同氏滅亡後、佐竹・仁賀保・皆川各氏領を経て、元禄一三年(一七〇〇)守山(松川)藩松平氏領となる(徳川加封録、寛政重修諸家譜)。寛政元年(一七八九)の常州御領銘細帳写(宮内家蔵)には村高二九三石余、田二〇町余・畑一六町余、家数三九・人数一七七、馬一〇、物成米は当河岸積出し、寺一ヵ寺(天台宗密蔵院)、鎮守羽黒山(祭九月二八日)、用水溜池二ヵ所は三ヵ村入会などと記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む