幡鉾庄(読み)はたほこのしよう

日本歴史地名大系 「幡鉾庄」の解説

幡鉾庄
はたほこのしよう

多度神宮たどじんぐう寺領桑名郡幡桙嶋東はたほこしまひがし庄と関連する荘名と推定され、桑名郡に所在したと考えられる。立荘経過・荘域も不明である。「経俊卿記」正嘉元年(一二五七)三月二六日条に「九条三位入道申、幡鉾庄事 仰 猶可有評定之由可仰」とあり、同年五月八日条に「幡鉾庄事 仰 鹿取何不進陳状哉 猶可遅々者 可被付幡鉾歟之由 可仰仙朝法印」とあり、鹿取かとり(香取庄、現多度町)との相論があり、幡鉾庄の領主である九条三位入道が朝廷に訴えたが、鹿取庄は陳状を出そうとしなかったため、これ以上陳状の提出が遅れたならば幡鉾庄側の訴を認めたものと判断し、相論の地を幡鉾庄に付けること(幡鉾庄の勝訴)を仙朝法印に伝えるよう決定している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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