平中野俣村(読み)ひらなかのまたむら

日本歴史地名大系 「平中野俣村」の解説

平中野俣村
ひらなかのまたむら

[現在地名]栃尾市平中野俣

南は葎谷むぐらだに村、北は梅野俣うめのまた村・塩中しおなか村、西は塩新町しおあらまち村、東は蒲原かんばら早水はやみず(現南蒲原郡下田村)。天和元年(一六八一)の栃尾組高人別納物帳(稲田理八氏蔵)に「此村せまき谷合也」と記すように、塩谷しおたに川支流の平中野俣川の形成する狭い谷を生活の場とする。現在は主要道からはずれ、行止りの集落のようになっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む