平垣村(読み)へいがきむら

日本歴史地名大系 「平垣村」の解説

平垣村
へいがきむら

[現在地名]富士市平垣・平垣町・平垣本町(へいがきほんちよう)・本町(ほんちよう)・八幡町(はちまんちよう)・加島町(かじまちよう)・元町(もとちよう)・富士町(ふじちよう)

本市場(もといちば)村の西に位置し、東海道が東西に走る。天正一七年(一五八九)鎌倉御家人の子孫石川三郎兵衛が当地に移住し、開発したという(駿河記)。寛永九年(一六三二)幕府領となる。寛永改高附帳に村名がみえ、田方三六〇石余・畑方四八石余、ほかに同所新田(加島平垣村)は田方四三石余・畑方六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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