平太夫新田(読み)へいだゆうしんでん

日本歴史地名大系 「平太夫新田」の解説

平太夫新田
へいだゆうしんでん

[現在地名]茅ヶ崎市平大夫新田(へいだゆうしんでん)

西に相模川が流れ、南は大住(おおすみ)郡須賀(すか)村(現平塚市)の飛地彦右衛門(ひこえもん)新田、北と東は萩園(はぎその)村に接する。

「風土記稿」によれば、元和七年(一六二一)に死去した松下平太夫が、相模川下流東岸氾濫原東西南北各三町余を開いた新田。正保国絵図には「平太夫村」とある。幕府直轄領。絶えず洪水に浸され、天明年間(一七八一―八九)には集落は鎮守八幡社とともに東へ移った(風土記稿)。また安政六年(一八五九)にも大洪水に見舞われ田畑宅地などの過半を流失し、現在の集落の地に移動したという(皇国地誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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