平湯銀山跡(読み)ひらゆぎんざんあと

日本歴史地名大系 「平湯銀山跡」の解説

平湯銀山跡
ひらゆぎんざんあと

[現在地名]上宝村平湯

平湯集落南東、平湯大滝の東方の山にあった。「飛騨国中案内」によると、村方より銀山間歩四つ棚口まで一里半で、難所山道とある。また明暦三年(一六五七)平湯村百姓久左衛門が発見し、信州の左次兵衛を招き、高山藩から米七〇俵を拝借して普請を行い、大坂の角兵衛が稼行した。一日に鉱石五斗八升を吹立て、灰吹銀二〇匁に満たぬ状態であったという。その後高山二之にの町池上屋平六が稼行したが、鉱石一斗当り出銀二分五厘から三分であったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 幕末 以後

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む