平田隼之允(読み)ひらた はやのすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平田隼之允」の解説

平田隼之允 ひらた-はやのすけ

1618-1703 江戸時代前期の武士
元和(げんな)4年生まれ。対馬(つしま)(長崎県)府中藩家老。藩主宗義成につかえ,寛永年間に江戸詰めとなる。家老柳川調興(しげおき)が国書改竄(かいざん)について幕府に直訴し,藩邸君臣の徹夜協議がつづいたとき藩主に侍し,目に煤(すす)をぬって眠気をふせいだ。このため晩年眼病にかかり失明した。元禄(げんろく)16年8月8日死去。86歳。名は成喬。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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