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平田靭負 ひらた・ゆきえ

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朝日日本歴史人物事典の解説

平田靭負

没年:宝暦5.5.25(1755.7.4)
生年:宝永1(1704)
江戸中期,薩摩(鹿児島)藩勝手方家老,木曾川治水工事の総奉行。鹿児島城下生まれ。父は正房,母は島津助之允忠守の娘。名は宗武のち正輔,靭負は通称。寛延1(1748)年家老職(1000石),宝暦3(1753)年12月,藩に木曾・長良・揖斐川三川分流工事の大名御手伝普請が命じられた際の総奉行。国元と江戸から参加した人数は士分567人,士分以下の者380人,幕吏の干渉や赤痢の蔓延,雨期の洪水に悩まされ,工事中52名が切腹,32名が病死するという難工事であった。同5年3月油島の締切堤,長良・揖斐川を結ぶ大和川洗堰工事完了後,平田は工事費用が40万両にも上ったことなどの責任を負い,本小屋のあった美濃国安八郡大牧村で切腹。この金額は当時の藩財政の3年分に当たる。その後この工事については箝口令のためか維新後まで語られることがなかったが,明治33(1900)年,桑名・大垣の人々によって「薩摩義士」として顕彰された。<参考文献>川村俊彦『薩摩と宝暦治水』,伊藤信『宝暦治水と薩摩藩士』,「平田靭負事績調書写全」(東大史料編纂所蔵)

(原口泉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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