平直方(読み)たいらのなおかた

朝日日本歴史人物事典の解説

平直方

生年:生没年不詳
平安中期の武将。父は上総介の維時。東国には土着せずに摂関家の家人として京で活躍。平忠常が東国で反乱を起こすと,長元1(1028)年,直方は追討使として東海・東山・北陸三道の兵を率いてこれを攻めたが鎮圧できず,3年後には更迭された。その後,能登守や上野介などになった。源頼義と結婚した娘が義家,義綱を生んだが,そもそもこの結婚は,頼義の騎射の巧みさに感心した直方が,同じ武芸を大事にする家として娘をもらってもらうよう頼んだ結果という(『陸奥話記』)。のち源氏による東国経営の拠点鎌倉は,この縁により直方が頼義に譲り与えたものという。

(朧谷寿)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典内の平直方の言及

【北条氏】より

…鎌倉幕府の執権であった一族(図)。その家督を〈北条九代〉という。桓武平氏の庶流で,940年(天慶3)平将門を討った平貞盛の曾孫直方(なおつね)を始祖とする。直方は1028年(長元1)に平忠常追討を命ぜられて関東に下ったが失敗。以後5代は諸系図の異同が多く判然としないが,直方の孫時方あるいは曾孫時家が伊豆北条に土着して,在庁官人となり北条を称したらしい。以降,〈時〉を代々の通字としている。 時家の子時政の娘政子が将軍源頼朝に嫁して,2代将軍頼家,3代将軍実朝を生んだので,将軍外戚の地位を得,勢力伸張の端緒になった。…

※「平直方」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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